建造物
国指定有形文化財
太宰府天満宮末社志賀社本殿

宰府4丁目7-1 太宰府天満宮
明治40年5月27日指定
太宰府天満宮の太鼓橋(たいこばし)横にある境内現存最古の建物で、長禄2(1458) 年の建立と伝えられています。建物は正面一間、側面一間の入母屋造の檜皮葺で、正面には千鳥破風と向唐破風の向拝(拝礼のための突き出た部分)が一間付いています。祭神は綿津見三神とされます。
太宰府天満宮本殿
宰府4丁目7-1 太宰府天満宮
明治40年5月27日指定
天正19 (1591) 年に豊臣秀吉の命を受けて小早川隆景が再建したもので、五間社流造の檜皮葺の建物で、正面に大唐破風の向拝(拝礼のための突き出た部分)が一間、左右両側にも同じような唐破風の車寄せを付けています。本殿下には、菅原道真の墓があると伝えられ、本殿前には道真を慕って都から飛んできたとされる飛梅が咲き誇ります。
七重塔

朱雀二丁目5
昭和29年3月20日指定
古代寺院般若寺があったとされる丘陵にある花崗岩製の七重塔です。基礎からの高さは3.35mを測り、台石には金剛界四方仏の梵字が刻まれています。その作りから鎌倉時代後期の造立と考えられます。
多宝千仏石幢
石坂4丁目7-2 九州国立博物館所蔵
昭和10年5月13日指定
中国・遼の石造の八角経幢(仏教のお経を刻んだ石柱)で、刻銘に中国年号があり、太康10(1084)年に建てられたことがわかります。
県指定有形文化財
観世音寺金堂及び講堂

観世音寺5丁目6-1 観世音寺
昭和32年8月13日指定
観世音寺が誇っていた大規模な伽藍は、度重なる災害や戦火で失われ、現在残る金堂と講堂は、元禄年間(1688~1703)に藩主黒田光之が再建したものです。2棟とも入母屋造の本瓦葺で、金堂は桁行五間、梁間四間。講堂は桁行三間、梁間二間で裳階がめぐり外観重層をなしています。
天満宮の石造鳥居
宰府4丁目7-1 太宰府天満宮
昭和36年10月21日指定
太宰府天満宮の太鼓橋の手前に建てられている鳥居です。花崗岩で造られた明神鳥居で、建立年月日は定かではありませんが、諸資料から鎌倉時代末期から室町時代に造られたものとされています。
天満宮の石造燈籠
宰府4丁目7-1 太宰府天満宮
昭和36年10月21日指定
回廊内の池の脇、本殿に向かって右手にあります。高さ2.47mの凝灰岩製で、慶長13 (1608) 年に初代福岡藩主黒田長政が寄進したものです。
戒壇院本堂

観世音寺5丁目7 戒壇院
平成8年5月31日指定
戒壇院は、天平宝字5(761)年に建立され、かつて日本三戒壇のひとつに数えられました。本堂は切石の基壇上に建てられ、下層は五間、上層は三間の重層入母屋造で、屋根は本瓦葺、正面には一間の向拝(拝礼のための突き出た部分)が付いています。建立は延宝8(1680) 年と伝えられていますが、元禄年間に現在のようになったものと考えられます。
戒壇院鐘楼

観世音寺5丁目7 戒壇院
平成12年11月1日指定
戒壇院本堂東南にあります。石積基壇上に建つ入母屋造の本瓦葺の建物で、建物下半には袴腰という着物の袴のような台形状の腰板が貼られています。宝永元 (1704) 年に建てられたもので、鐘楼としては県内最古級のものです。