坂本3丁目
戌の薬師(イヌノヤクシ)
【登録番号】F0006
【所在場所】坂本3丁目
【名称】戌の薬師(イヌノヤクシ)
【通称】―
【文化遺産情報】石柱の前面に薬師像が彫られている。天部に水をためる穴が在る。ここの水で目を洗うと眼病がよくなるとのこと。「新池の下の薬師の地輪(台座)は戌薬師が現在地に移されてあとも残っていたが、昭和48年の水害復興の際、重機でオカッテンサマの境内に据えて供養塔の台座とした」とお聞きする。7月7日にオヨドが行われる。
玄清法印之墓
【登録番号】F0014
【所在場所】坂本3丁目
【名称】玄清法印の墓所のお世話
【通称】―
【文化遺産情報】玄清法印は、766年に太宰府に生まれ、7歳で仏門に入り、その後失明し盲僧となるが、琵琶を弾いて数々の奇跡を行い、人々を苦難から救ったとされる。明治34年、坂本区で玄清の塔婆と成就院跡が発見され、昭和43年に1150年忌を記念して墓を建立した。現在は毎年10月末に成就院の僧侶が法要を行っている。また、日常のお世話は地元の方が行っており、ごはんをあげ、清掃をされている。「玄清法印」の墓の横には、石造観音像がある。
えびす様 恵比寿神
【登録番号】F0015
【所在場所】坂本3丁目
【名称】えびす様 恵比寿神
【通称】-
【文化遺産情報】正月には〆かざりがしてあった。毎夕、地区民で順番に灯明をあげている。八幡宮とオカッテンサンとえびす様の三ヶ所に灯明を上げ、灯明帳(板)を廻している。
旧小字標石 花屋敷(はなのやしき)
【登録番号】F0017
【所在場所】坂本3丁目
【名称】旧小字標石 花屋敷(はなのやしき)
【通称】―
【文化遺産情報】旧小字名の石標(平成5年)花屋敷。安徳天皇がこの辺りに住まわれていたころの名残の地名ではないか。内侍花屋敷とも言われている。昔の花町ではなかったかとも言われている。
オカッテンサン(訶利帝母、鬼子母神、遍照院跡、摂光堂)
【登録番号】F0018
【所在場所】坂本3丁目
【名称】オカッテンサン(訶利帝母、鬼子母神、遍照院跡、摂光堂)
【通称】―
【文化遺産情報】太宰府市坂本の鬼子母神を祀っているお堂。鬼子母神とは子供と女の人の仏様で、地元ではオカッテンサンとして親しまれている。家族に病人が出たときにお百度まいりしたり、お産をしたら子供が健康に育つように名前と年を書いて1年間鬼子母神にあげておく風習が残っている。地元の人達が1週間交代で大切におまもりをされている。
旧小字標石 浦山(うらやま)
【登録番号】F0019
【所在場所】坂本3丁目
【名称】旧小字標石 浦山(うらやま)
【通称】―
【文化遺産情報】旧小字名の石標(平成3年)。由来は不明。大宰府政庁跡の北西に位置。
旧小字標石 林崎(はやしざき)
【登録番号】F0020
【所在場所】坂本3丁目 坂本公園入口
【名称】旧小字標石 林崎(はやしざき)
【通称】―
【文化遺産情報】旧小字名の石標(平成3年)。由来は不明。
旧小字標 西浦(にしうら)
【登録番号】F0021
【所在場所】坂本3丁目
【名称】旧小字標 西浦(にしうら)
【通称】―
【文化遺産情報】旧小字名の石標(平成3年)。由来は不明。大宰府政庁跡の西方背後にあたる。
旧小字標石 池田(いけだ)
【登録番号】F0022
【所在場所】坂本3丁目
【名称】旧小字標石 池田(いけだ)
【通称】―
【文化遺産情報】旧小字名の石標(平成3年)。由来は不明。
旧小字標石 前(まえ)
【登録番号】F0023
【所在場所】坂本3丁目
【名称】旧小字標石 前(まえ)
【通称】―
【文化遺産情報】旧小字名の石標(平成5年)。由来不明。
坂本八幡宮
【登録番号】F0025
【所在場所】坂本3丁目(坂本八幡宮)
【名称】坂本八幡宮
【通称】―
【文化遺産情報】『福岡県神社誌』のよると天文・弘治の頃(16世紀中頃)に勧請したといわれる。祭神は応神天皇一座。時期的に新しいことから中世末期の在地領主によって勧請されたものが、そのまま近世の産神として受け継がれたということも推定される。現在の拝殿は昭和18年に建築したもの。市内で唯一、神戻しの行事が復興している。
旧小字標石 辻(つじ)
【登録番号】F0026
【所在場所】坂本3丁目
【名称】旧小字標石 辻(つじ)
【通称】―
【文化遺産情報】旧小字名の石標(平成5年)。由来は不明。
旧小字標石 大正府(おおしょうぶ)
【登録番号】F0029
【所在場所】坂本3丁目 坂本公民館入口
【名称】旧小字標石 大正府(おおしょうぶ)
【通称】―
【文化遺産情報】旧小字名の石標(平成3年)。昔の役所跡との謂われが残る。
旧小字標石 小正府(こしょうぶ)
【登録番号】F0030
【所在場所】坂本3丁目 西日本ヘルスセンター バス停前
【名称】旧小字標石 小正府(こしょうぶ)
【通称】―
【文化遺産情報】旧小字名の石標(平成3年)。昔の役所の跡ではないかという伝承が残る。