大字国分
四王寺山 釈迦堂
【登録番号】E0013
【所在場所】国分小字辻
【名称】四王寺山 釈迦堂
【通称】(別称・・観音堂)
【文化遺産情報】堂には「釈迦堂」の表示がある等、自依観音を祀るさまざまな御身体が地元国分の人々により奉納され、祀られている。しかし、度重なる大雨による土砂災害や地権者が抱える問題で移転の話もある。
奧ノ池
【登録番号】E0104
【所在場所】大字国分
【名称】奧ノ池
【通称】―
【文化遺産情報】水の流れ込みは、四王寺山からの水で、農事用の溜池としてつくられ、永く使用されてきたが、昭和40年以降、宅地化が進み、田んぼや畑に池の水があまり使われなくなってきている。国分に存在する5つの池のなかで最も新しい池。
新池(窪の池、窯の池、瓦窯の池)
【登録番号】E0110
【所在場所】大字国分字辻
【名称】新池(窪の池、窯の池、瓦窯の池)
【通称】―
【文化遺産情報】四王寺山の谷筋の水が流れ込む。池畔に国指定史蹟国分窯跡がある。
新池土堤
【登録番号】E0111
【所在場所】大字国分字辻
【名称】新池土堤
【通称】―
【文化遺産情報】新池の土手にワラビが生えていて、自然がいっぱいある。
新池 墓石
【登録番号】E0112
【所在場所】国分(新池)
【名称】新池 墓石
【通称】―
【文化遺産情報】新地の管理に入るとき、柵を越える踏み台代わりにこの石を使っていたら、足が悪くなった。よく見ると石に文字が刻まれていることに気づいた。この石が誰かの墓石であることに驚き、写真のように木に立てかけ手を合せるようになったら、足も良くなったとのこと。
国分瓦窯跡(国指定史跡)
【登録番号】E0113
【所在場所】国分
【名称】国分瓦窯跡
【通称】―
【文化遺産情報】古代の瓦窯跡。大宰府政庁・筑前国分寺・観世音寺に瓦を供給した。出土瓦は「佐」銘のある瓦が主体で、大宰府政庁・筑前国分寺などにおいて大量に出土している。大正11年に国指定を受けた。
引陣地蔵尊
【登録番号】E0116
【所在場所】大字国分
【名称】引陣地蔵尊
【通称】―
【文化遺産情報】岩屋城落城の時、薩摩兵がこの尾根に引き下がったため、「引陣」(ひきじ)といい、戦死者慰霊のための地蔵が祀られている。
お堂跡?
【登録番号】E0117
【所在場所】大字国分(四王寺山国分側尾根)
【名称】お堂跡?
【通称】―
【文化遺産情報】古墳群より100mほど下った雑木林の中に、古墳群がある地形と明らかに異なる約5m四方の平らな場所を発見した。
国分の大行事
【登録番号】E0120
【所在場所】大字国分
【名称】国分の大行事
【通称】―
【文化遺産情報】昭和40年代に入り、農業が機械化したことにより、以前のような大々的な行事はなくなり、現在は農事に携わっている役員の方のみが9月16日、午前9時から30分程度、石塔の周りを掃除し、しめ縄を取り換えたり、ご飯、するめ、コンブ、御神酒をお供えして、神事を行っている。
火の尾跡(推定)
【登録番号】E0011
【所在場所】国分(四王寺山)
【名称】火の尾跡(推定)
【通称】旧蹟全図
【文化遺産情報】日本書紀 天智3(664) 「…この歳、対馬島、壱岐島、筑紫国等に防人と烽とを置く…」
大野城跡
【登録番号】E0143
【所在場所】市内・市外(宇美町・大野城市)
【名称】大野城跡
【通称】―
【文化遺産情報】大宰府防衛のために天智天皇4年(665)に基肄城と南北に相対して、大宰府政庁背後の大城山(410m)に築かれたものである。『日本書紀』によるとこの城は百済の亡命者である憶礼福留、四比福夫の指揮のもと築造されたもので、尾根に沿って土塁を巡らし、谷を通過する部分には石垣が築かれている。土塁は版築によって構築され、総延長は約6.5km、基底部幅約10m、高さ3~4mである。